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桃太郎のやる気マネジメント|内発的動機づけと外発的動機づけ

桃太郎のやる気マネジメント|内発的動機づけと外発的動機づけ

報酬を用意すれば、人は動くのか。
鬼ヶ島から帰った桃太郎は英語教材の事業を立ち上げ、ノルマと歩合でメンバーのやる気を引き出そうとします。しかしある日、猿が「達成しても何も感じない」と打ち明けます。デシとライアンが提唱した内発的動機づけ・外発的動機づけの理論を軸に、人が本当に動き出す条件を物語と解説の二部構成でお届けします。

桃太郎のやる気マネジメント

鬼ヶ島から帰還した後、桃太郎たちの活躍は様々なメディアで取り上げられ、あちこちからスカウトの声がかかりました。防衛省や傭兵、軍事アナリスト、ダイエットインストラクターなど、次々に寄せられる誘いをすべて断り、桃太郎は英語教材を販売する事業を立ち上げました。

「これからはグローバル化が進む。英語ができないと、その波に乗り遅れてしまうぞ」
桃太郎が力強く訴えかけると、犬や猿たちもその考えに賛同し、この事業にジョインすることになりました。
桃太郎は、効率よく教材を販売するために営業マニュアルを整備し、暇さえあればロールプレイを繰り返しました。また、成約件数にノルマを設け、成果に応じた歩合を払うことで、メンバーの努力に報いることも忘れませんでした。
肝心の教材については、桃太郎も全くノウハウがなく、市販のテキストを切り貼りしてそれらしく仕上げました。

数か月が経ったある日、桃太郎は犬を自室に呼びました。最近ふさぎ込んだ顔をしていることが気になっていたのです。
「どうしたんだ。何かあったのか?」
犬はもじもじしていましたが、やがて重い口を開きました。

「訪問先で、教材について突っ込まれて……これは市販の教材のコピーだって。こんな詐欺みたいなことして恥ずかしくないのか、と言われたんです」
桃太郎は愕然としました。でも確かに、このままではいけないと思い始めていたところです。なんせ明らかな剽窃ですから。
桃太郎はすぐに動きました。英語教材で実績を誇る専門会社に制作を依頼し、内容のしっかりした教材を新たに作り直したのです。犬も元気を取り戻し、受注獲得に向けて飛び回るようになりました。

業績が上向き、メンバーにも歩合を出せるようになってきた頃、今度は猿の様子がおかしくなってきました。
受注件数は落ち込み、日中に営業車の中でよく寝ているという噂も聞こえてきます。以前の猿からは考えられないことでした。
桃太郎は猿を自室に呼んで話をすることにしました。

「最近、どうした?何か困ってることでもあるか?」
「いや……特に何があったというわけじゃないんですけど」
猿は困ったように笑いました。
「鬼ヶ島で戦っていたときは、やりがいもあったし、自分が成長できている手応えもあった。でも今は……なんというか、毎日同じことの繰り返しで、何のためにやってるのか、よくわからなくなってきて」
「ノルマが重いのか?」
「いや、そういうわけでも……数字は追ってます。ただ、それだけで。達成しても、特に何も感じないというか」
うまく言葉にできないもどかしさが、猿の表情ににじんでいました。

桃太郎には、猿の言っていることがなんとなくわかるような、わからないような気がしました。ノルマも歩合もある。環境は整えたつもりだった。でも猿が求めているのは、そういうことではないのかもしれない。

その夜、桃太郎は行きつけのバーでスコッチを飲みながら、猿との会話を反芻していました。
鬼ヶ島での冒険を思い返すと、あのときのメンバーのやる気は、今とは明らかに違っていました。報酬があったからではない。むしろ報酬らしい報酬などほとんどなかった。それでも全員が必死で、前のめりで、生き生きしていた。
あのやる気は、どこから来ていたのだろう。

桃太郎はグラスを置いて、手帳を取り出し、思いつくままに書き始めました。
鬼退治には、明確な目的があった。自分たちの行動が、直接的に結果につながる手応えがあった。仲間と知恵を出し合い、うまくいったときの達成感があった。毎回が新しい局面で、自分が成長していく実感があった——。

翻って今の事業はどうか。ノルマという数字だけが目標として掲げられ、そこに向かって電話をかけ、訪問し、契約をとる。達成しても、翌月にはまた新しいノルマが待っている。その繰り返し。
猿は「達成しても何も感じない」と言っていました。数字を達成したとして、それで何を成し遂げたのか、猿には見えていないのかもしれない。

桃太郎はペンを止めて、しばらく天井を見上げました。
自分はずっと、やる気を「外側から与えるもの」だと思っていた。ノルマで方向を示して、歩合で火をつける。しかしそれは、水を飲ませることはできても、のどを渇かせることはできない、ということなのかもしれない。

翌日、桃太郎はメンバー全員を集めて、こう話しました。
「成約ノルマの制度をやめる。代わりに、みんなで一緒に学ぶ時間を作りたい」
メンバーは顔を見合わせました。猿は半信半疑という顔をしています。
「毎月、マーケティングやプレゼンについて勉強会をやる。課題図書も読んでもらう。学んだことを実際の営業にどう活かすか、各自で考えて計画を立ててほしい。おれも一緒にやる」

最初の勉強会は、ぎこちない雰囲気で始まりました。猿は腕を組んで、どこか遠い目をしています。
その日のテーマは「顧客が英語学習を始める理由」でした。桃太郎が問いを投げかけると、しばらく沈黙が続きました。やがて犬が一つ答え、別のメンバーが続き、気づけば議論が始まっていました。

猿も最初のうちは黙って聞いていましたが、あるメンバーの発言を受けて、不意に口を開きました。
「それ、先週訪問した会社の担当者も言ってたな。英語ができないと、海外の取引先との交渉を全部上司に任せるしかなくて、自分が蚊帳の外に置かれてる感じがするって」
その一言から、場の空気が変わりました。「それなら提案の切り口はこうできる」「この教材のこの部分が刺さるかもしれない」と、意見が重なり始めたのです。
勉強会が終わった後、猿はしばらくノートを眺めていました。顔つきが、最初とは少し違って見えました。

それから一年が経ちました。
事業は急成長し、全国に販路を拡大するに至りました。猿は今、チームの中で一番熱心に課題図書を読み、勉強会でも率先して発言するようになっています。

ある日、桃太郎が「最近どうだ」と聞くと、猿はこう答えました。
「学んだことが現場で使えたとき、あ、これだって感じるんです。それが面白くて。気づいたら、数字のことはあんまり気にしなくなってました」
桃太郎は笑いながら、その言葉を手帳に書き留めました。

水を飲ませることはできる。でも、のどを渇かせるのは、本人の中から始まるのだ、と。
~おしまい~

解説①内発的動機付けと外発的動機付け

モチベーションの話をするとき、よく引き合いに出されるのが「三人のレンガ職人」という寓話です。旅人が道を歩いていると、レンガを積んでいる三人の職人に出会います。旅人が「何をしているのですか」と尋ねると、三人はそれぞれ違う答えを返しました。
一人目は「見ればわかるだろ、レンガを積んでいるんだ。雨の日も風の日も、ああ忙しくて大変だ。親方にどやされるからもう行くわ」と答えました。二人目は「俺は壁をつくっているんだ。楽しくはないけど、これで家族を養っているんだ。大変だなんて言ったら罰が当たるよ」と答えます。三人目はどうかというと、こう答えました。「俺たちは歴史に残る大聖堂をつくってるんだ!大変だなんてとんでもない!ここで多くの人が祝福を受け、悲しみを払うんだよ、素晴らしいだろう!」

一人目の職人は、親方にどやされないためにレンガを積んでいます。二人目は、お金を得るための手段としてレンガを積んでいます。いずれも、仕事の外側にある何か(叱責を避けること、賃金を得ること)のために動いています。これを外発的動機付けといいます。
一方、三人目の職人は、自分がやっていることの意味と目的を自分の言葉で持っています。仕事そのものに誇りとやりがいを感じており、外から何かを与えられなくても前のめりに取り組んでいます。これを内発的動機付けといいます。

一般的に、外発的に動機づけられている人よりも、内発的に動機づけられている人の方が、仕事の質も量も高まるといわれています。しかし動機づけの話をここで終わらせてしまうと、マネージャーにとって肝心の問いが置き去りになります。問題は「内発的動機付けが大事だ」とわかることではなく、「では内発的に動機づけられていないメンバーに対して、何ができるか」です。

内発的動機付けは本人の内側にあるものだから、外からどうにかできるものではない、と思う人もいるかもしれません。しかし実は、外側からのアプローチが内発的動機付けをむしろ「壊してしまう」ことがある、という重要な知見があります。

心理学者エドワード・デシ先生は、ある実験でそれを実証しました。被験者をふたつのグループに分け、ソマ・パズルという面白いパズルに挑戦させます。一方のグループはパズルを解くたびに1ドルの報酬が与えられ、もう一方には報酬がありません。実験の途中、自由時間を設けたところ、報酬なしのグループはそのままパズルを続けました。一方、報酬ありのグループは雑誌を読んだり別のことをしたりして、パズルから離れてしまったのです。
デシ先生は、1ドルという外からの報酬が、パズルをやる楽しさそのもの(内発的動機付け)を損なったと結論づけました。これをアンダーマイニング効果といいます。「ご褒美をあげてやる気を引き出す」つもりが、もともとあったやる気を消してしまうという、直感に反した現象です。

ではなぜ、外発的な報酬が内発的動機付けを損なうのでしょうか。この問いに深く切り込んだのが、デシ先生とリチャード・ライアン先生が提唱した自己決定理論です。
自己決定理論によれば、人間には三つの基本的な心理欲求があるとされています。一つ目は「自律性の欲求」で、自分の行動を自分で決めたいという欲求です。二つ目は「有能感の欲求」で、自分には能力があり、物事を成し遂げられるという感覚を持ちたいという欲求です。三つ目は「関係性の欲求」で、他者とつながり、認められたいという欲求です。

外から報酬やノルマを与えられると、「自分がやりたくてやっている」という自律性の感覚が失われます。ノルマのために動いている、報酬のために動いている、という感覚になった瞬間に、仕事の主語は「自分」から「外側」に移ってしまうのです。
逆にいえば、この三つの欲求が満たされる環境をつくることが、内発的動機付けを育てることにつながります。自分で考えて決める余地があること(自律性)。やってみたら実際に成果につながるという手応えがあること(有能感)。仲間と一緒に取り組み、認め合えること(関係性)。これらが揃ったとき、人は外から火をつけてもらわなくても、自分から動き始めます。

もう一点、外発的報酬の落とし穴について触れておきましょう。『報酬主義をこえて』の著者アルフィー・コーン先生は、外発的報酬に依存することの弊害をいくつか挙げています。
そのひとつが「報酬は罰になる」という指摘です。受注できれば歩合を与えるという報酬は、裏を返せば、受注できなかった人には歩合を与えないという罰でもあります。報酬と罰は、一見正反対に見えて、実はどちらも「外側から人の行動をコントロールする」という点で同じ構造を持っているのです。

もうひとつが「報酬は行動の理由を無視する」という指摘です。なかなか成果が出ないメンバーに対して、とにかく歩合をちらつかせて外回りをさせても、根本的な問題は解決しません。商品知識が足りないのか、提案の組み立て方に課題があるのか、信頼関係の築き方なのか——報酬に頼ることは、その「なぜ」を掘り下げる機会を省略してしまうことになりかねません。コーン先生は、報酬はあくまで短期的な行動変容には効果があっても、長期的なやる気の源にはなりにくいと言っています。

では、メンバーを意思決定に参加させることはどうでしょうか。メロンをふたりで分けるとき、一方が切って一方が選ぶやり方が公平だとよく言われます。これをビジネスに応用すると、リーダーが一方的にルールを決めてメンバーに課すのではなく、ルールづくりの過程にメンバーを参加させることで、「やらされ感」ではなく「自分たちで決めた」という感覚を生むことができます。自律性の欲求に働きかける、ということです。

解説②物語の読み解き

物語の前半、桃太郎は英語教材の販売事業を立ち上げ、ノルマと歩合という外発的動機付けを軸にチームを動かします。しかし犬が不振に陥ります。犬の落ち込みの根っこにあったのは、成果が出ないことよりも「インチキな教材を売っている」という後ろめたさでした。
これは単なるコンプライアンスの問題ではなく、動機付けの観点からも重要なポイントです。三人のレンガ職人でいえば、犬は「自分が何のためにこの仕事をしているのか」という意味を見失っていた状態でした。意味を見失ったまま外発的報酬だけで動かされても、内発的動機付けは育ちません。教材を刷新したことは、犬に「自分の仕事に意味がある」という感覚を取り戻させた、という点で正しいアプローチでした。

後半の猿の問題は、もう少し深い層にあります。犬のような明確な「理由」がなく、猿自身も「なぜやる気が出ないかわからない」と言っています。桃太郎はこれを「特に何も感じない」という言葉から手がかりを掴もうとします。
「達成しても何も感じない」という猿の言葉は、アンダーマイニング効果の典型的な症状です。もともと猿は、鬼退治のときに「やりがいも成長の手応えもあった」と振り返っています。あのときの猿は間違いなく内発的に動機づけられていた。しかしノルマと歩合の中で働くうち、仕事の主語が「自分」から「数字」に移ってしまい、達成してもどこか空洞な感覚になっていたのです。

桃太郎がバーで手帳に書きながら気づいていく場面は、この物語の核心です。鬼退治のときのやる気と今のやる気の違いを自分で分析しながら、桃太郎は「水を飲ませることはできても、のどを渇かせることはできない」という結論に至ります。外から動機付けようとする限界を、桃太郎自身の言葉で発見した瞬間です。

翌日、桃太郎がノルマ制の撤廃を宣言し、勉強会の導入をメンバーに提案する場面では、「おれも一緒にやる」という言葉が添えられています。リーダーが一方的に施策を押し付けるのではなく、自分もその場に入ることで、関係性の欲求に働きかけていることがわかります。

最初の勉強会で、猿が自発的に口を開く場面も重要です。「先週訪問した会社の担当者も言ってたな」という一言は、外から引き出されたものではなく、猿の内側から出てきた言葉です。自分の現場経験と学びがつながった瞬間に、猿の有能感の欲求が刺激されたのです。自律性・有能感・関係性、三つの欲求が少しずつ満たされはじめた瞬間といえるでしょう。

一年後の猿の言葉——「気づいたら数字のことはあんまり気にしなくなってました」——は、内発的動機付けが育った結果を端的に示しています。外から与えられた目標を追うのではなく、学びと実践のサイクルそのものが面白くなった状態です。これは外発的動機付けの限界を乗り越えた先にある姿で、マネージャーが本当に目指すべきゴールといえるかもしれません。

ただし一点、注意しておきたいことがあります。桃太郎がとったアプローチは正しい方向性でしたが、これが必ずうまくいくとは限りません。内発的動機付けは本人の内側にあるものである以上、環境を整えても火がつかないこともあります。大切なのは、安易に外発的報酬に頼るのではなく、まずメンバーの「行動の理由」を丁寧に探ることです。桃太郎が猿との対話を重ね、自分でも手帳に向かって考え続けた姿勢そのものが、マネージャーとして誠実なアプローチだったといえるでしょう。

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