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桃太郎の居酒屋経営|顧客満足を分解する二つの理論

お店の「売り」とは何か。メニューの数でも、価格でもないかもしれない。
鬼退治を終えた桃太郎が挑んだのは、居酒屋経営という新たな戦場でした。試行錯誤を重ねる中で見えてきたのは、顧客満足の構造と、商品・サービスの価値を分解する二つの理論。コトラーのプロダクト三層モデルとハーズバーグの二要因理論を軸に、物語と解説の二部構成でお届けします。

桃太郎の居酒屋経営

鬼ヶ島の鬼どもを退治し、宝物を持ち帰った桃太郎は、その宝物を元手に何か商売をはじめようと考えました。

桃太郎は、近所の商工会で無料経営相談が開催されていることを知り、専門家の先生に鬼から奪った宝物で商売を始めたいと伝えました。

「でもなんだかその発想って、強盗みたいですねぇ」
専門家はグフフ、と笑ってそんなことを言いました。

「鬼はキラキラしているからというだけの理由で財を蓄えていたんです。それを世間に還流することは良いことでしょう」
桃太郎はプンプン怒って家に帰りました。

専門家なんて当てにならないと思った桃太郎は、それから数日間考えて、居酒屋を開業することにしました。

人はご飯を食べないと死んでしまうし、食べ物屋ならそれなりにニーズがあるのではないかと思ったのです。

「よし、とにかく実践だ」
一緒に鬼退治をした犬にも声をかけ、ホールリーダーに任命しました。犬も桃太郎のお店を盛り上げようと必死で、図書館から経営の本をたくさん借りてきました。

「トイレは綺麗にしないと。『飲食店経営の極意』って本に書いてあったんだ」

開業して一ヶ月が経ちましたが、お店はなかなか軌道に乗りません。
「なぜだろう、ご飯もおかわり無料だというのに…」
犬も毎日トイレをピカピカに磨き上げています。

三ヶ月が経過し、それでも売上が伸び悩んでいたため、桃太郎は再び無料経営相談にいくことにしました。

ふむふむと話を聞いていた専門家は、
「でも結局アナタの店って、何が売りなんですかねぇ」
意外と鋭い眼光に射すくめられ、桃太郎は何も言えずにその場を後にしました。

確かに、お店の売り、というものを桃太郎は深く考えていませんでした。

メニューの多さやご飯おかわり無料など、桃太郎なりに工夫していたつもりですが、よく考えてみれば隣の店もおかわり無料ですし、向かいの店は桃太郎の店よりもメニューが豊富です。

もやもやした気持ちで営業を続けていた桃太郎ですが、ある日いつも来てくれている常連客から大事な気づきを得ます。

その常連客は、ほとんど毎日一人でお店に現れ、ビールと定食を注文します。いつも来てくれていることに桃太郎がお礼を言うと、
「お礼を言いたいのはこちらの方です。この店は落ち着くんですよ。騒ぐ客もいませんし、ホールスタッフも割と放っておいてくれますしね」

その時、桃太郎は思い出しました。あるコーヒーショップが、自宅でもない、職場や学校でもない、居心地の良い第三の場所の提供をコンセプトとしていることを。

「そうか、お店の売りというのはメニューの数やおかわり無料のようなサービスだけではないんだ。一人で落ち着ける、というのも立派な売りだったんだ」

もっと落ち着けるお店を目指して、桃太郎はお店の運営をブラッシュアップします。

今までは、海外ドラマ『glee/グリー』のサウンドトラックを大音量で流していましたが、それをやめてモーツァルトのピアノコンチェルトを静かな音量で流すことにしました。

犬は相変わらずトイレ掃除に夢中で、接客そっちのけで掃除ばかりしていますが、とりあえず様子を見ることにしました。

ようやく軌道に乗り、売上が伸びてきた桃太郎のお店ですが、半年もすると勢いが止まってしまったようです。

「なぜだろう…店舗経営とは、さすがに一筋縄ではいかないな」

みたび桃太郎は経営相談を受けに、商工会にやってきました。例の専門家は、そろそろ来ると思っていましたよ、と言って桃太郎に席を勧めました。

桃太郎の話を黙って聴いていた専門家は、いつまでも話し続ける桃太郎にストップをかけ、
「でもアナタ、お店側の目線ばかりで顧客の満足についてはあまり考えていませんねぇ」
と一言つぶやきました。

店に戻り、専門家の言葉を反芻する桃太郎。

「お客様の満足、つまり静かにしているだけではダメということか。
もっと喜んでもらえるサービスを提供したり、不満に思われているサービスの改善を図ることが重要、ということだな!」

桃太郎は、一人客がよりくつろげるように一人専用ブースをつくったり、スマホで注文ができるようにしたりと、提供サービスをテコ入れしていきます。

桃太郎のお店にはボッチ客が多く集まり、今ではおひとりさまの聖地のようになっていました。

犬は相変わらずトイレ掃除ばかりしています。
桃太郎はそれを咎めることはしませんが、閉店後にできるだけ犬とコミュニケーションをとっています。

「なあ犬よ。トイレが綺麗なのはとても良いことだと思うよ。だからトイレ掃除はこれからも続けてほしい。
でも、これからはお客様にもっと喜んでもらえるように、そのためにどんなことをするべきか、一緒に考えてほしいんだ」

はじめのうち、犬はポカンとしていましたが、自分が頼られているような気もして、次第に誇らしい気持ちになってきました。
~おしまい~

解説①プロダクト三層モデル

日本酒は、米からできたお酒であり、日本の伝統的な酒類でもあり、魚介類との相性が良く、米の品種や製造方法の違いから驚くほど多彩な味や香りが表現される、といったように様々な顔を持っています。日本酒イコール単なる致酔飲料という理解では十分でなく、それはビールやワインとも異なるし、同じ日本の伝統的な酒類である焼酎とも異なった特徴を持っているのです。

このように、製品やサービスが持つ様々な顔をしっかりと捉えようとする考え方がプロダクト三層モデルで、経営学者のフィリップ・コトラー先生によってこのフレームが考案されました。プロダクト三層モデルでは、図のように価値構造を中核・実体・付随機能に分けて捉えており、それぞれの位置関係にも意味があります。

中核は、そのプロダクトの中核をなすベネフィットをさします。例えば、自動車なら自分で走るより速く、自分で持つより重いものを運ぶことができます。一言で表すなら、移動や輸送ということになるでしょう。また化粧品ならどうなるでしょうか。美や洗練などの言葉がフィットしそうです。中核は、その名が示す通り、プロダクトの核をなすものと言えるでしょう。

実体は、そのプロダクトの特性で、具体的には、機能や品質、スタイル、パッケージなどをさします。競合と差別化する源泉と捉えても良いかもしれません。先の自動車の例でいうと、スポーティーな車や高級感のある車、エコな車、といったキーワードを聞いたときに思い浮かぶメーカーや車種があると思います。

それこそが実体であり、差別化なのです。実は一番中心にある中核は、プロダクトの本質的な価値であるため、それ自体では差別化が困難です。どの自動車でも移動と輸送はできるからです。私たちが何か商品やサービスを選ぶ際には、中核ではなくこの実体を根拠として選択・決定していることが多いのではないでしょうか。ちなみに化粧品の例でいうと、中核が「美」だとすれば、それを実現する美容成分や処方、使い心地や香り、箱や瓶などのパッケージが実体に該当します。

付随機能は、中核の提供と直接的な関連はないものの、顧客にとって価値が高まる要素で、具体的には、配送や据え付け、アフターサービス、品質保証などをさします。自動車なら自宅への納車や一年点検無料などのサービスが、化粧品なら事前のカウンセリングなどがこれに当たるでしょう。

自分(自社)が取り扱っている商品・サービスを、この三層モデルで捉えると、多くの気づきを得ることができます。商品・サービスの改良や販売促進の方法、顧客とのコミュニケーションを考える際には、三層モデルでしっかりと分析してからこれらの検討をおこなうと良いでしょう。

解説②物語の読み解き

桃太郎は、何となくニーズがありそうだからという理由で居酒屋を開業しました。もちろんそれなりにニーズはあるのでしょうが、市場が成熟している日本ではすでにものすごくたくさんの供給もある、という点を見落としてはいけません。また、とりあえず食べ物はニーズがある、という考え方は、成長市場ならいざ知らず、成熟市場では危険な考え方であるということは理解しておきたいところです。

意外と鋭い専門家からアドバイスをもらった桃太郎は、まずお店の売りを掘り下げて考えます。三層モデルで居酒屋を捉えるとき、大切なのは中核と実体を分けて考えることです。中核は、そのお店がお客様に届けている一番根っこの価値のこと。食欲を満たせる、酔える、気の置けない場で楽しいひと時を過ごせる、一人でほっとできる——このあたりが居酒屋の中核ベネフィットの候補になるでしょう。

一方、珍しい食べ物やお酒がある、高級な食材を使う、職人の技が光る、ペアリングを楽しめる、コスパが良い、といったものは、その中核をどう実現し、競合とどう差別化するかという実体にあたります。ここを取り違えると、「うちの売りは高級食材だ」と実体ばかりを数え上げてしまい、そもそもお客様に何を届けたいのかという中核が見えなくなります。自分の商売を「居酒屋だ」と規定した時点で発想は止まりますが、まず中核を問い、それを支える実体を考える——この順番で捉えなおすことで、売りの輪郭がぐっと具体的になるのです。

落ち着ける店、というキーワードを常連客から示唆された桃太郎は、売りに磨きをかけるために様々な改善をおこないます。ここでは音楽をglee castからモーツァルトに変えた、ということしか書かれていませんが、きっと他にも思いつくままに「実体」の充実を図ったことでしょう。

ようやく店舗経営に明るい兆しが見えたところで、またもや売り上げが停滞してしまいます。今度は専門家に、もっとお客さんのことを考えるべきだと言われた桃太郎は、お客さんに直接話を聞いたり、アンケートを実施したり、定休日にBBQ交流会を企画したりして、お客さんの要望をヒアリングしていきます。

そして、そのヒアリング結果をもとに、一人専用ブースの作成やスマホ注文など「付随機能」を取り入れていったのです。実はこの「要望を把握する」という行動がとても重要なのですが、厄介なことに顧客自身もその要望を明確に認識していなかったりするので注意が必要です。桃太郎が、BBQをしながらさりげなく観察と対話を重ね、潜在的なニーズに近づいたのは良いアプローチだったと思います。

その結果、桃太郎のお店はおひとりさまの聖地とまで呼ばれるようになりました。もちろんここに至るまでは平たんな道のりばかりではありませんでしたが、桃太郎の勤勉さと、良いアドバイスは積極的に受け入れるという素直さが、店舗経営を上向きに転じさせたのでしょう。

解説③二要因理論

顧客満足(CS:Customer Satisfaction)という言葉があります。一方、顧客不満足、という言葉は聞きなれませんが、あるかもしれません。これらの言葉を聞いて、ある要因を満たせば顧客満足になって、それを満たせなければ顧客不満足になる、というように相対する概念だと思う人も多いのではないでしょうか。しかし、満足と不満足は必ずしも相対する概念ではありません。

アメリカの心理学者のフレデリック・ハーズバーグ先生は、満足を感じる要因と不満足を感じる要因は別物であるとしました。ハーズバーグ先生は、約200人の技術者と会計士へのインタビューによって仕事における満足や不満足に関する要因を聞き出し、満足に関する要因を「動機づけ要因」、不満足に関する要因を「衛生要因」と名づけました。

これによると、仕事における満足要因は、達成、承認、仕事そのもの、責任、昇進などで、これらが満たされると人は仕事に動機づけられるとしています。一方、仕事における不満足要因は、会社の政策や管理方法、監督、給与、対人関係、作業条件などで、これらが満たされないと人は仕事に不満足を覚えるとしています。

この不満足要因の中にある給与について考えてみましょう。給与が低いと、私たちは不満を感じます。全く同じ仕事を提供する二社があるなら、給与の高い方で働きたいと思うのが普通でしょう。

しかし、給与が高かったとしても、例えば危険な仕事や、社会的に尊敬されない仕事、やりがいを感じない仕事などでは、私たちは満足を感じないはずです。仕事への満足度、つまりコミットメントを高めたければ、お金よりも達成感や承認、責任などを付与すべきだということです。

ハーズバーグ先生のこの理論は、満足と不満足は一つの要因で決定するのではなく、それぞれに要因があることから二要因理論と呼ばれます。この二つの要因は、仕事に対する満足・不満足にとどまらず、他のシチュエーションでも活用することができます。

例えば、営業活動における顧客の満足要因・不満足要因について考えてみましょう。営業パーソンの身なりがとても汚らしかったら、私たちはその人から商品やサービスを購入したいとは思わないでしょう。しかし、単にその人の身なりが綺麗だからといって、その人から商品やサービスを購入したいとは思わないはずです。購入するのは、その商品やサービスが欲しいからであって、その人の身なりは購買の最終決定要因にはなりにくいでしょう。

であれば、営業パーソンの身なりというのは動機づけ要因ではなく、衛生要因であるということです。つまり衛生要因とは、満たされると当たり前になり、存在を意識されなくなるものだといえるでしょう。私たちはしばしば、衛生要因(例えば身なり)にばかりフォーカスしてしまい、動機づけ要因(例えば商品やサービスの真の魅力の伝達)をおざなりにした結果、売上不振に陥ってしまうのです。

解説④物語の読み解き

さて桃太郎のお店ですが、開業当初は顧客を動機づける要因で特に際立ったものはなかったようです。桃太郎はおかわり無料サービスやメニュー数を増やすことで顧客を動機づけようとしましたが、当のお客さんには響いていませんでした。動機づけ要因で注意すべき点は、競合との比較や差別化という視点でも検討しなければならないことです。

具体的な例で考えてみましょう。十四代という一般には入手が難しい日本酒があります。転売問題で話題になったこともあるため、聞いたことがある人も多いでしょう。この十四代を提供できる居酒屋『モモちゃん』があったとして、それだけで顧客を動機づけることはできるでしょうか。

普通に考えれば、仕入れルートに強みがあるモモちゃんは、十四代を武器に顧客を動機づけられそうです。しかし、例えばモモちゃんが、日本酒に強い店が集まる街に立地していたらどうでしょうか。おそらくその街では十四代を仕入れている店はたくさんあるため、それだけで顧客を動機づけるのは難しいでしょう。

むしろ、その街で日本酒にこだわっている店なら十四代を置いていて当然だ、と顧客は思っているかもしれないため、衛生要因と言えるかもしれません。その街では、十四代を置くことではじめて日本酒居酒屋のスタートラインに立てるのです。

桃太郎のお店では、おかわり無料を売りにしていましたが、おかわり無料サービス自体は珍しいものでもなんでもなく、なんなら隣の店でも展開していたりして、全然お客さんを動機づけられていませんでした。

また、犬は何かの本で読んだ知識をもとに、トイレ掃除に心血を注いでいましたが、このトイレ掃除も、もうお分かりかと思いますが、明らかに衛生要因です。確かにトイレが汚かったらその店には二度と行かないかもしれませんが、トイレが綺麗だからという理由だけでその店をヘビロテする人はおそらく一人もいないでしょう。

私たちが真に努力を傾けなければならないのは、動機づけ要因の強化であって、衛生要因は不満に思われない程度に満たしていれば良いのです。

最後に桃太郎は、犬も一緒に考えてくれと呼びかけています。ハーズバーグ先生が示した満足要因の中には、達成や承認、仕事そのもの、責任などがありました。桃太郎が一人で考えるのではなく、犬と一緒に考えることで、犬はその仕事に対する責任を感じ、コミットメントが高まるでしょう。自分で考えたサービスが実現すれば、その仕事へのやりがいや自己成長を感じることもできるかもしれません。

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