知識は、伝えることでさらに深まる。
鬼退治を続ける桃太郎が直面したのは、仲間をどう育てるかという問いでした。口伝から文書化へ、そして暗黙知と形式知の相互変換へ。野中郁次郎が提唱したSECIモデルを軸に、組織の中で知識が生まれ、広がっていくプロセスを物語と解説の二部構成でお届けします。
桃太郎の知識創造
たった一人で鬼ヶ島を攻略した桃太郎ですが、鬼の拠点を一か所つぶしたところで世の中は一つも良くなっていない、ということに愕然としました。
そこで桃太郎は、鬼を一匹残らず壊滅すべく次なる拠点に向かいました。
その道中で出会ったのが犬です。ぜひお供させてくれという犬をパーティーの一員としましたが、いざ鬼と対面するとキャンキャン吠えるばかりで全く役に立ちません。
戦闘中に「このタイミングで噛むんだよ」などと悠長なことをしている余裕はありませんし、下手をすると共倒れになってしまうかもしれません。
「やれやれ」
気は進みませんでしたが、桃太郎はパーティーの戦力の底上げを目指して犬を教育することにしました。
教育は、基本的にはOJTでおこないます。古風な言い方をすれば「口伝」というやつです。
「こういう時はサイド展開だ。わたしが正面で鬼を引きつけている間に、横からわき腹に噛みついてくれ」
犬は、海綿が水を吸うように桃太郎の戦い方を覚えていきます。
大切なのは、やりっぱなしにせずに、戦闘後に振り返りの時間を持つことです。
「今回は良かった。裏を取ってくれたおかげで挟み撃ちにできたね」
「このとき二人で同じ動きをとってしまったのは良くなかった。どちらかがキビ団子の補充に回るとか、役割を明確化すべきだったな」
このように、経験から帰納的に教訓を引き出すことで、桃太郎たちの能力開発のスピードは飛躍的に高まりました。
犬との冒険を続けているときに出会ったのが猿です。
桃太郎と犬の活躍がSNSなどで話題になっていたこともあり、猿はぜひお供に加えてほしいと申し出ました。
しかし、桃太郎は慎重でした。
(確かに、パーティーの人数が増えるのは良いことだ。
だが、見たところ戦闘慣れもしていないし、戦力化するには教育指導が必要になるなぁ。
とすると、また例のOJTをしないといけないのか…面倒だな)
桃太郎の逡巡をよそに、犬はのんきにマンガ本を読んでゲラゲラ笑っています。
気晴らしにマンガ本を手に取った時、桃太郎はひらめきました。
「そうか!今まで犬にOJTしてきたことを、猿が自分で学習できるように文章化しよう!図解もいれて、わかりやすさにもこだわろう」
こうして出来上がったのが
『一人で学べる!桃太郎の戦闘マニュアル』です。
マニュアルを熟読した猿は、戦闘未経験だったにもかかわらず、それなりのパフォーマンスを示します。
猿真似と言ってしまえばそれまでですが、「学ぶ」は「真似ぶ」から、という言葉もあります。
「よし、いけるぞ!」
桃太郎パーティーは連勝街道を突き進みます。
そんな折、なんだか強そうなオーラを出している雉と出会います。
雉は、以前に柿太郎なる勇者と冒険をしていたようです。即戦力としても期待できるため、桃太郎は加入を許可しました。
雉は期待以上の活躍を見せました。なんなら犬や猿よりも貢献度が高いくらいです。
話を聞くと、どうやら以前一緒だった柿太郎は、経験で培った独自の戦闘ノウハウを持ち、さらには鬼退治コンサルタントに教わった標準化手法も取り入れており、それらを直々に伝授されたというのです。
桃太郎は、さっそく雉にマニュアルの加筆を依頼しました。
今までよりも実践的な改訂版マニュアルが出来上がり、桃太郎パーティーの戦力はさらに向上しました。
桃太郎パーティーの前に敵はない、とまで衆人に言われるようになったのです。
戦いを重ねていくうちに桃太郎は気づきました。マニュアルに書いてあること以上に、自分たちのパーティーが動けていることに、です。
確かに、サイド展開一つをとっても、状況によって最適な打ち手は異なります。
桃太郎は、もともとは仲が悪かった犬と猿が連携するなど、メンバーが状況に柔軟に対応し、マニュアルではとても言い表せないような動きを身に着けていることに感動を覚えました。
こうして、割と最強になった桃太郎パーティーは、鬼どもを退治し続けたのでした。
~おしまい~
解説①SECIモデル
組織とは何か?という疑問に対してこたえるものが組織観で、例えば、組織図みたいなものを思い浮かべる人もいますし、有名な組織の三要素を思い出す人もいるでしょう。知識経営の生みの親として知られる野中郁次郎先生は、組織を知識創造の母体として捉えました。
簡単に説明することはできないものの、経験的に使っている知識のことを暗黙知といいます。例えば、自転車の乗り方は、一度覚えてしまえば長い年月を経ても忘れませんが、しかし、乗り方を言葉で説明しようとすると難しいのではないでしょうか。倒れる前にスピードを上げる、といったような細かなコツや知識を大量に積み上げて蓄積し、私たちはそれを意識することなく活用することで、苦も無く自転車に乗れているのです。
個人の知識を組織的に共有し、より高次の知識として活用することに主眼を置いたナレッジマネジメント手法が、野中先生が提唱しているSECI(セキ)モデルです。
このモデルでは、図にある4つのプロセスで知識を変化、深化、進化していくとしています。

共同化とは、組織内の個人および小グループで暗黙知を共有し、それをもとに新たに暗黙知を創造していくプロセスです。例えば、先輩の営業に同行してやり方を学ぶ、というようなイメージです。
表出化とは、個人が持っている暗黙知を言葉や文章として表出する形式知化と呼ばれるプロセスを通じて、他者と共有します。具体的には、業務の手順をマニュアル化して効率化を図る、などが挙げられます。形式知は、暗黙知の伝達と比べて、論理的かつ客観的に知識を伝達することができます。
連結化とは、表出された形式知に異なる形式知を組み合わせることで、新たな知を創造するプロセスです。他者の成功事例などを参考にして業務の効率化を図る、といったことが、このプロセスに当たります。
内面化とは、新たに得た形式知を身体にしみ込ませながら、自分なりにコツのようなものを得るプロセスです。例えば、新しいツールを導入し、まずはマニュアルに沿って使い方を覚えますが、いつの間にかマニュアルにはない自分のノウハウを身につけていた、というようなイメージです。これが組織能力の源泉ともいえるでしょう。
SECIモデルでは、この循環を継続的におこなうために、それぞれのプロセスに適した場を持つことが必要であるとしています。
SECIモデルに必要とされる場とはどのようなものでしょうか。具体例とともに見ていきましょう。
まず共同化のプロセスで必要とされる場は、創発場です。すでに見た通り、このプロセスではOJTなどを通じて暗黙知が共有化されます。一緒に作業をする経験の共有はもちろん大切ですが、それ以外にもランチ会や飲み会などのインフォーマルなコミュニケーションの中で知識を交換することもあるでしょう。
タバコを吸う人なら喫煙所での交流を思い浮かべるかもしれません。そこでは、他課の先輩など普段はあまり接しない人とも話をすることがあります。そういった気軽なやり取りから知識が交換されることもあるのです。
表出化のプロセスで必要とされる場は、対話場です。会議を開いたり業務マニュアルを作成したりする過程で、暗黙知を形式知化していきます。具体的には、定期的なミーティングや会議のセット、合宿などが挙げられます。ここでは、目的の明確化や計画的な場の設定などが求められます。目的が曖昧だと雑談で終わってしまう、ということもあるので注意が必要です。
連結化のプロセスで必要とされる場は、システム場です。形式知同士を組み合わせるフェーズですので、メンバーがテキストや図などを共有しながら対話できる場が望ましいでしょう。具体的には社内SNSや、社内サーバー上でのドキュメントの共有などが挙げられます。ログが残る、という意味では、オンラインが便利かもしれません。
内面化のプロセスで必要とされる場は、実践場です。これは一人ひとりが形式知を自分のものにしていくフェーズですので、特定の場をセットするというようなことはあまり想定していません。
実際に試したり、シミュレーションしてみたり、といった行動が大切になってきますので、例えば、マネージャーの立場なら、部下に実践の場をどんどん与えてみたり、ロールプレイを徹底したり、といった形で部下が自分なりにノウハウをしみ込ませるのをサポートしてあげると良いかもしれません。
はじめに組織観の話をしましたが、組織には人によって様々な捉え方があり、そして実際にその役割を果たすというところがあります。組織を、知識を創造する母体でもあると捉えているマネージャーと、そうでないマネージャーでは、このSECIモデルのサイクルの回り方の質やスピードに大きな違いが出てしまうことになるでしょう。組織としての知識創造や活用の成否は、マネージャーの考え方に大きく影響されてしまうのです。
解説②物語の読み解き
桃太郎は、たった一人で鬼ヶ島を攻略した際、数々の鬼と闘いながら独自の戦闘ノウハウを積み上げてきたと思われます。そうでなければ、あの鬼ヶ島を一人で攻略することなどできなかったでしょう。
その後、犬がメンバーとして参加しますが、犬は戦いに関する知識を持っておらず、戦力化するためには桃太郎が持っている戦いに関する暗黙知を伝達していく必要がありました。
桃太郎は、実際に犬と一緒に戦いながら、そのコツを伝えていきます。これがSECIモデルの「共同化」にあたるプロセスです。確実に知識を伝達していくためには、内省やフィードバックが欠かせません。犬は毎晩その日の戦闘について振り返り、良かった点と改善点を日記帳に記していましたし、桃太郎はできていた点とそうでなかった点をしっかりと犬に伝えていました。自分のとった行動から教訓を引き出す、これを教訓帰納と言いますが、能力開発にはこの行動がとても重要なのです。
さらに猿がメンバーになりましたが、まだ手のかかる犬もいるため、桃太郎が猿に対してOJTをすることは難しい状況でした。しかし一方で、桃太郎たちはすでにある程度の戦闘ノウハウを持ち合わせていたため、それを形式知化することで猿を教育しようと考えました。これが「表出化」です。狙いはうまくハマって、猿はそれなりのパフォーマンスを示します。
この戦闘マニュアルがあれば、効率的に新人に教育をすることができるようになり、人材育成にかかるコストや時間を大幅に削減することができるようになるでしょう。
ビジネスのスピードが速い昨今では、表出された知識が陳腐化するのも早くなります。新しい知識を創造していくためにも、マニュアルの改訂やビジネスフォーマットの更新は適宜おこなうべきです。桃太郎たちは、雉が持っていた柿太郎のマニュアルを自分たちのマニュアルに加筆することで、戦いに幅や厚みを持たせることができました。これが「連結化」です。このように、ある知識がもう一方の環境に持ち込まれることを「知識の越境」ともいいます。
はじめはマニュアルをいちいち確認しながらでないとうまく行動できませんでしたが、やがて桃太郎をはじめ犬も猿もマニュアルを完ぺきにこなし、さらにはマニュアルを実践した結果得たノウハウを活かしながら、洗練された動きを見せるようになります。これが「内面化」で、自分なりのコツが蓄積されていることを意味します。
桃太郎は一人の時から強かったですが、組織として知識を創造していくことで、自分自身も、そして組織としても、更なる強さを身につけることに成功したのです。
