
チームはなぜ、最初から一つになれないのか。
鬼退治の旅に出た桃太郎一行は、序盤こそ和やかでしたが、やがて衝突が起き、ぎくしゃくし始めます。しかしその混乱には、意味がありました。タックマンが提唱したチーム発達の4段階モデルを軸に、チームが本当の力を発揮するまでのプロセスを物語と解説の二部構成でお届けします。
桃太郎のチームビルディング
桃太郎が鬼退治の旅に出ると決めたとき、最初に声をかけてきたのは犬でした。
犬は桃太郎の評判を聞いており、ぜひお供したいと言いました。桃太郎はきび団子を一つ渡し、犬を隊列に加えました。道中で猿と雉も加わり、気づけば四人のパーティーが出来上がっていました。
旅の序盤、一行はおおむね和やかに進みました。
犬は桃太郎の言葉に丁寧に耳を傾け、猿は率先して荷物を運び、雉は先を偵察しては戻ってきて状況を報告しました。全員が「良いところを見せよう」とでも思っているかのように、行儀よく振る舞っています。
夜の野営でも、誰もが遠慮がちでした。食事の分量も、休む場所も、文句ひとつ言わず。焚き火を囲んでいても、会話には妙な距離感があります。
桃太郎はそれを悪いこととは思いませんでした。みんな一生懸命やってくれている。これでいい、と思っていました。
最初の衝突が起きたのは、旅に出てから十日ほど経った頃でした。
その日は夕方から雨が降り始め、一行は洞窟で雨宿りをしていました。ふとしたことから、猿と雉の言い合いが始まったのです。
「なんで俺が見張りをやるんだ。昨日も一昨日もやっただろ」
「あなたが一番足が速いから向いてるじゃないですか。文句があるなら最初に言ってください」
「最初に言ったら言ったで、いろいろうるさいくせに」
雉はそれ以上何も言いませんでしたが、明らかに怒っていました。
桃太郎はすぐに仲裁に入り、その場は収まりました。しかし翌朝、今度は犬が桃太郎に不満をぶつけてきたのです。
「桃太郎さん、行軍のペースが速すぎます。ちゃんと体力の配分を考えてほしいんですが」
「そうか。おれはこのくらいが普通だと思っていたが」
「普通じゃないです。猿はともかく、雉はもう限界に近いと思います。あなたは自分の体力を基準にしすぎている」
桃太郎は少し驚きました。犬がこれほどはっきり物を言うとは思っていなかったからです。
その後も小さな衝突は続きました。作戦の立て方を巡って桃太郎と猿が言い合いになる。雉と犬の間で役割分担への不満がくすぶる。焚き火の番を誰がやるかで揉める。
旅に出る前の和やかさはどこへやら、一行はぎくしゃくし始めていました。
桃太郎は内心、焦っていました。このまま鬼ヶ島にたどり着けるのか。チームがバラバラになってしまうのではないか。
そんなある夜、犬がぽつりと言いました。
「揉めてる方が、なんか生きてる感じがしますよね」
「……どういうことだ?」
「最初の頃って、みんないい顔してたじゃないですか。でも誰も本音を言ってなかった。今の方が、少なくとも本当のことは言えてると思って」
桃太郎はその言葉を、すぐには飲み込めませんでした。
転機は、ある鬼の集落との戦闘でした。
その日は鬼の数が多く、桃太郎の当初の作戦では対応しきれないことが序盤で明らかになりました。
作戦を立て直す時間はありません。桃太郎が迷っていると、猿が素早く言いました。
「右翼はぼくと雉が抑えます。桃太郎さんと犬は正面突破してください。三分後に合流します」
桃太郎は一瞬だけ猿を見て、うなずきました。
作戦は見事にはまりました。猿と雉の連携で側面を封じ、桃太郎と犬が正面から突破する。戦闘後、全員が無傷でした。
その夜の焚き火は、今までと少し違いました。誰かが指示したわけでもなく、気づけば自然な役割分担ができていました。犬が食事の準備をしている間に猿が薪を集め、雉が翌日のルートを地図で確認しています。
会話も変わりました。以前のような遠慮がちな当たり障りのない話ではなく、かといって衝突期のようなとげのある言い合いでもない。お互いの考えを率直に出しながら、自然に意見がまとまっていく。
「次の集落に入る前に、一度丘の上から全体を見渡したい」
「それならわたしが先に飛んで偵察してきます。三十分もあれば戻れる」と雉が言いました。
「偵察から戻ったら、すぐ動けるように食事は早めに済ませておこう」犬が続けます。
「じゃあぼくは地形を確認しておく」と猿。
誰も仕切っていないのに、話がまとまっていきます。桃太郎はそれをただ見ていました。
鬼ヶ島の中心部に近づくにつれて、敵の規模も戦闘の複雑さも増していきました。しかし一行の動きは、逆に洗練されていきました。
桃太郎が声をかけなくても、猿は状況を見て動いています。雉はいつの間にか次の偵察に出ています。犬は戦闘が始まる前に、全員の装備と体調を確認しています。
ある激しい戦闘の最中、桃太郎は一瞬だけ全員の動きを俯瞰できる場所に立ちました。三人がそれぞれ異なる判断をしながら、しかし全体として一つの流れを作っていました。
桃太郎はその光景を見て、ひとつのことに気づきました。
自分が、指示を出していない。
以前は、自分が全体を把握して方向を示さなければ、チームは動けないと思っていました。しかし今は違います。三人はそれぞれが状況を判断し、それでいて互いの動きを予測して動いている。桃太郎の役割は、細かな指示を出すことではなく、大きな方向性を示すことだけになっていました。
それで十分でした。むしろ、その方がずっとうまくいっていました。
鬼ヶ島の鬼どもを制圧し、一行は故郷への帰路につきました。
帰り道は、不思議なほど静かでした。
行きとは全員の表情が違います。達成した充実感はあるのに、どこか淡々としている。祝祭の気分というよりも、宴が終わったときの、あの静けさに似ていました。
その夜、焚き火を前に猿が言いました。
「帰ったら、みんなそれぞれの生活に戻るんですよね」
「そうだな」と桃太郎は答えました。
「なんか、変な感じだな」と猿は続けます。「鬼退治が終わったら、すっきりするかと思ってたのに、なんかぽっかりした感じもあって」
犬も雉も黙って焚き火を見ていました。
桃太郎は、この感覚に名前をつけることができませんでした。目的を果たした満足感と、何かが終わってしまうことの寂しさが、同時にそこにありました。
翌朝、旅の最後の日。四人は黙って歩き続けました。
故郷の村が見えてきたとき、犬が言いました。
「また一緒に何かやれたらいいですね」
桃太郎は答えませんでした。ただ少し、口の端が上がりました。
それぞれが自分の道に戻っていく。でもこの旅で起きたことは、消えるわけではない。
桃太郎はそう思いながら、一人で村への坂道を上っていきました。
~おしまい~
解説①タックマンモデル
チームを作ることと、チームが機能することは、別の話です。メンバーを集めれば即座にチームとして動けるわけではなく、チームが本当の意味でパフォーマンスを発揮するようになるまでには、いくつかの段階を経る必要があります。
心理学者ブルース・タックマン先生は、1965年の論文でこのプロセスを体系化しました。タックマンモデルと呼ばれるこの理論は、チームの発達段階を「形成期(Forming)」「嵐期(Storming)」「規範期(Norming)」「遂行期(Performing)」の四段階で描いています。後に「解散期(Adjourning)」が加えられ、現在は五段階のモデルとして広く知られています。

第一段階の形成期は、チームが立ち上がったばかりの時期です。メンバーはお互いをよく知らないため、全員が探り合いながら慎重に行動します。場の空気を壊さないように、あるいは「良い人」と思われたいために、誰もが礼儀正しく振る舞います。表面上は和やかですが、本音は出ていない。リーダーへの依存度が高く、メンバーは「何をすればいいか」の指示を待ちがちです。この時期のチームはまだ、人が集まっているだけの状態に近いといえるでしょう。
第二段階の嵐期は、本音が表に出始め、対立や摩擦が生じる時期です。役割分担への不満、進め方への異議、リーダーへの反発——これまで抑えられていたものが噴き出してきます。チームが混乱し、雰囲気が悪くなるこの時期を、多くのマネージャーは「失敗」や「危機」として受け取ります。しかしタックマン先生の見立ては少し異なります。嵐期は、チームが形成期の表面的な関係を脱し、より深いところに進もうとしている証拠でもあるのです。
嵐期を乗り越えることができれば、第三段階の規範期に入ります。対立を通じてお互いへの理解が深まり、チーム独自のルールや役割分担が自然に生まれてきます。誰かが強制したわけでもなく、共通認識として「うちのチームはこうやっている」という文化が育ち始めます。コミュニケーションも変わります。遠慮がちな当たり障りのない会話でも、とげのある言い合いでもなく、率直に意見を出しながらも自然に意見がまとまっていくようになります。
第四段階の遂行期は、チームが自律的に高いパフォーマンスを発揮できるようになった状態です。メンバーそれぞれが状況を読んで動き、互いの動きを予測しながら連携できます。リーダーの役割も変わります。細かく指示を出すのではなく、大きな方向性を示すだけで、チームが自走していく。リーダーへの依存度が形成期とは逆に低くなり、それが問題ではなくチームの成熟のあかしになっているのです。
五段階目の解散期は、プロジェクトの完了や組織の改編などでチームが解散を迎える時期です。タックマン先生はこの段階を後から追加しましたが、実はチームビルディングの文脈では非常に重要な示唆を含んでいます。目標を達成した充実感と同時に、積み上げてきたものが終わることへの喪失感が混在する。この感覚を「当たり前のこと」として受け止めることが、チームのメンバー全員にとって、次のチームに向かうための健全な節目になります。
タックマンモデルを活用する際にとくに重要なのは、嵐期をどう捉えるかです。対立や摩擦が生じると、リーダーはそれを「早く解消すべき問題」として処理しようとしがちです。しかし、表面的に対立を抑え込んでしまうと、チームは形成期の「当たり障りのない状態」に戻るだけで、規範期には進めません。嵐期の本質は、メンバーが本音を出し始めたということです。それ自体はチームにとって前進の証であり、リーダーはその摩擦を管理しながらも、本音を出せる場を保つことが求められます。
また、このモデルは直線的に進むとは限りません。メンバーの入れ替えや目標の大きな変更があれば、遂行期にあったチームが一時的に嵐期に戻ることもあります。「うちのチームは今どの段階にいるか」を意識的に把握し続けることが、マネージャーには求められます。
解説②物語の読み解き
物語の冒頭、四人が揃ったばかりの旅の序盤は、形成期そのものです。犬は桃太郎の言葉に丁寧に耳を傾け、猿は率先して荷物を運び、雉は偵察を買って出る。全員が「良いところを見せよう」とでも思っているかのように、行儀よく振る舞っています。焚き火を囲んでも「会話には妙な距離感がある」という描写が、形成期の表面的な和やかさを端的に表しています。
桃太郎はこの状態を「みんな一生懸命やってくれている。これでいい」と受け取っていました。しかしこのとき、チームはまだ本当の意味では機能していません。全員が本音を抑えながら、様子を見ている段階です。
嵐期の幕開けは、雨宿りの洞窟での猿と雉の言い合いでした。見張りの負担をめぐる口論は小さな出来事に見えますが、これは「言わなくてもわかるだろう」という形成期の暗黙の遠慮が崩れ始めた瞬間です。翌朝には犬が桃太郎に行軍ペースへの不満をぶつけ、その後も役割分担や作戦の立て方をめぐる衝突が続きます。
桃太郎が「チームがバラバラになってしまうのではないか」と内心焦ったのは、嵐期のリーダーがよく陥る反応です。しかしここで注目すべきは、犬の言葉です。「揉めてる方が、なんか生きてる感じがする」「今の方が、少なくとも本当のことは言えてると思う」。犬はこの段階を、失敗ではなくチームが本音に近づいた証として捉えていました。タックマンモデルの嵐期の意味を、犬は直感的に理解していたともいえます。
規範期への転機は、鬼の集落との戦闘でした。桃太郎の当初の作戦が崩れたとき、猿が即座に代替案を出し、桃太郎はそれを受け入れてうなずきます。嵐期を通じて積み上げた相互理解が、この一瞬の判断を可能にしました。お互いの強みと限界を知っているからこそ、言葉少なに意図が伝わる。
その夜の焚き火のシーンは、規範期の姿を静かに、しかし鮮明に描いています。誰も指示していないのに犬が食事を作り、猿が薪を集め、雉がルートを確認する。会話でも、一人が「丘の上から見渡したい」と言えば、すぐに「ではわたしが偵察します」「食事は早めに済ませよう」と自然につながっていく。チーム独自の動き方が、言葉にされないままに共有されています。
遂行期は、鬼ヶ島の中心部に近づいた頃の描写に現れています。桃太郎が声をかけなくても三人が動き、全員がそれぞれ異なる判断をしながら全体として一つの流れを作っている。桃太郎が「自分が指示を出していない」と気づく瞬間は、チームが遂行期に達したことを示すと同時に、リーダーとしての桃太郎自身の変化でもあります。細かく管理しようとしていた桃太郎が、チームを信頼して任せることができるようになった。「桃太郎のリーダーシップ」のエピソードと重ねて読むと、その変化がより立体的に見えてくるかもしれません。
物語のラスト、帰路の静けさと焚き火を前にした猿の「ぽっかりした感じ」は、解散期の感覚を正直に言葉にしたものです。「すっきりするかと思ったのに」という猿の言葉は、目標を達成すれば充実感だけが残るはずだという思い込みへの、素直な違和感です。
解散期の喪失感は、チームがそれだけ深く機能していた証拠でもあります。形成期のまま終わったチームには、この感覚は生まれません。一緒に嵐を越えて、共通の動き方を育てて、互いを信頼して動けるようになった——そのプロセスに価値があったからこそ、それが終わることへの寂しさが生まれるのです。
「また一緒に何かやれたらいいですね」という犬の言葉に、桃太郎は答えません。ただ口の端が上がる。この余白は、チームビルディングの本質をひとつ示しているように思います。チームは解散しても、そこで起きたことと培われた信頼は消えない。それが次の旅の、静かな土台になっていくのです。
