ジョン・ハーサニの1967-1968年の連作論文「Games with Incomplete Information Played by ‘Bayesian’ Players, I-III」(『不完全情報ゲームとベイズプレイヤー』)は、ゲーム理論の発展において非常に重要な役割を果たしました。
この論文は、プレイヤーが完全な情報を持たない状況での意思決定を分析し、その中での合理的な行動を理解するための枠組みを提供しています。
不完全情報ゲームとは
まず、「不完全情報ゲーム」とは何かを説明します。
典型的なゲーム理論の設定では、すべてのプレイヤーがゲームのルールや他のプレイヤーの選択肢について完全な情報を持っています。しかし、現実の多くの状況では、プレイヤーは他のプレイヤーの意図や能力、戦略について完全には知らないことが多いです。
ハーサニの論文は、このような不完全情報の状況下でプレイヤーがどのように行動するかをモデル化しました。
ベイズプレイヤーの概念
ハーサニは、不完全情報の下でプレイヤーがどのように意思決定するかを理解するために、「ベイズプレイヤー」という概念を導入しました。
ベイズプレイヤーとは、他のプレイヤーの情報について確率的な信念を持ち、それに基づいて最適な戦略を選択するプレイヤーのことです。
この信念は、ベイズの定理を用いて更新されます。具体的には、プレイヤーは新しい情報を得るたびに、その情報に基づいて信念を調整し、最適な行動を選択します。
具体例:競争入札のケース
具体例として、競争入札のケースを考えてみましょう。
複数の企業が政府の大型プロジェクトの契約を獲得するために入札を行うとします。各企業は他の企業の入札額を知らず、自分が最も低い入札を行うことで契約を勝ち取ろうとします。この状況は不完全情報ゲームの典型例です。
ここで、各企業がベイズプレイヤーであると仮定します。
各企業は、他の企業がどのような入札額を提示するかについて確率的な信念を持っています。この信念は、過去の入札結果や市場の状況などに基づいて形成されます。例えば、ある企業が「他の企業の入札額は平均してXドルで、標準偏差がYドルである」という信念を持っているとします。
この信念をもとに、企業は最適な入札額を計算します。例えば、自分がX-1ドルで入札すれば契約を勝ち取れる確率が高いが、その分利益が少なくなる。一方で、X+1ドルで入札すれば利益は増えるが、契約を逃すリスクが高まる。
このように、企業はベイズの定理を用いて新しい情報(例えば、他の企業の入札傾向や市場の変動)を取り入れながら、最適な戦略を選択します。
ハーサニの貢献
ハーサニの論文は、このような不完全情報ゲームにおけるベイズプレイヤーの行動を形式的にモデル化し、分析するための方法論を提供しました。彼のアプローチは、ゲーム理論の枠組みを大幅に拡張し、経済学や政治学、戦略的意思決定の研究において重要な基盤となりました。
例えば、株式市場でのトレーディングや国際関係における外交交渉など、多くの現実世界の問題は不完全情報ゲームの典型例です。ハーサニの理論は、これらの状況を理解し、予測するための強力なツールを提供します。
まとめ
ジョン・ハーサニの「Games with Incomplete Information Played by ‘Bayesian’ Players」は、ゲーム理論における不完全情報の扱いに革命をもたらした重要な論文です。不完全情報下での合理的な意思決定を理解するためのベイズプレイヤーの概念を導入し、その応用範囲を広げることで、多くの現実世界の問題に対する洞察を提供しました。
この理論は、経済学、政治学、ビジネス戦略など、多くの分野で活用され続けています。